突然ですが皆さんはメキシコの漁師の話をご存知でしょうか?

この話は作者が不明なんですが

非常にお金に関して興味深い話が展開されているので

いたるところでネタにされている非常に有名な話なんですが

最近これをまた偶然見る機会があり、改めてこれを真剣に読み返して見たところ

ふと今までには考えることがなかった変化を感じるようになりました

これを成長と言っていいのかはわかりませんが

昔とは明らかにこの話に対する僕の考え方が変わったのを感じました

まずこのメキシコの漁師の話が分からないという方もいらっしゃると思いますので

5chのコピペになりますが

以下の話を見ていただければと思います

こちらを見ていただければ話の内容は理解できるかと思います

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メキシコの漁師の話とは?

まずは以下の話をお読みください↓

メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。
その魚はなんとも生きがいい。それを見たアメリカ人旅行者は、

「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。

すると漁師は

「そんなに長い時間じゃないよ」
と答えた。旅行者が

「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、
漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
と旅行者が聞くと、漁師は、

「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。

「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、
きみにアドバイスしよう。
いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。
それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。
やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、
ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。

「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」

「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」
と旅行者はにんまりと笑い、

「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、
日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、
子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」

 

さて以上になります…

この話を見て大抵の人が思うこととしては

最初にすでに漁師が手に入れている生活こそが

最後に仕事を一生懸命やりお金を稼いだ漁師が求める生活だったということで

最初と最後の結末が変わっていないから

それなら一生懸命やっていてもしょうがない

必死になってお金を稼いでいても、結局最後には最初のような

平凡な生活こそが実は一番いとおしいものだった

あんまり頑張っても結局はあまり意味がないから

何事もほどほどが良い!

という解釈をするんじゃないかと思います

僕自身もまさにそのように解釈をしていて

結局一生懸命働いてお金を稼いでも大した意味がないと思っていて

家族で普通に楽しく生活していることこそが正解なんだと考えていました

確かにそれはそれで正しい解釈だと思いますし

限りなく正解だと言えると思います

でも僕は最近この話にはまた違った解釈があるんではないか?と感じるようになりました

それを今から話していきたいと思います

本当に最初と最後は結末が同じなのだろうか?

漁師の話からいきなり僕の話をしてしまって申し訳ないんですが
僕の目標はあくまでもセミリタイアです
もちろん最終的には完全リタイアをしたいと思っておりますし
それを目指してコツコツと今から頑張っていこうと思っているわけですが
おそらくと言っていいでしょうが
最近ニートをずっとしていてつくづく感じたんですが
いくら金銭的に僕が完全にリタイアをすることが出来るようになったとしても
完全にリタイアをすると言うのは不可能だと思うようになりました
それは金銭的な意味ではなく
人間としてという意味でリタイアをするということが出来ないという意味です
何もやらない
何をしなくてもいいというのは
確かに一つの理想ですし、多くの人が憧れる生活そのものだと思います
僕も実際に金額自体は恥ずかしくなるぐらい非常に少ないんですが
頑張って貯めた貯金を持って、そういった生活をしばらくしましたが
すぐに直面したのは、何もしなくていいというのは
確かにめちゃくちゃ楽なんですが、本当に何もしないでいると
今度は暇すぎて発狂するようになると言うことです
仕事でたまったストレスを週末金を使って解放し全く貯金が出来ない悪循環
人間は生き物的に何もしないというのはかなり苦痛を感じるので
何かしていたいと思うようになるのです
前にもこのブログで話したような気がしますが
有名な勝ち組連中が、金銭的にすでに完全にリタイアを出来るようなお金を所持してもなお
働き続けるというのはそういった側面があり
結局のところリタイアしても暇すぎるので
それなら自分のためではなく、人の役に立つために頑張ろうとか
自分が何かをやり遂げた証を世の中に残して置きたいという承認欲求のために
人はいつでもリタイアをすることが出来たとしても
それでも働き続けるのだと思います
その上で今回のこの漁師の話を見ると
僕にはこの漁師の話が世間では全く同じだと思われているようなんですが
実は最初と最後で全く同じではないんじゃないか?
と思えて仕方がないのです

ただの漁師であることと、超勝ち組の漁師であることの違い

話自体でやっていることは、途中色々仕事をして莫大な富を築き上げたとしても
最初と最後は同じで
結論は家族で適当にのんびり平和に生活することです
でも思うんですが結論が同じだとしても
よく考えてみれば中身自体は全く違うことになっていると思うんですよ
片やただの漁師です
片や超勝ち組の漁師ですよね
ただの漁師でいる場合は
確かにつつましく生活をしていているんですが
この生活は仮に海がめちゃくちゃに荒れて
しばらく漁が出来なくなったとしたら
または魚が異常気象とかで死滅してしまったとしたら
どうするのでしょうか?
当然こういった生活をしていたとしたら
あまり蓄え自体もないと思うんですよ
そうなってしまった時に果たして
前と同じように喧嘩とかしないで家族で楽しく生活自体もできるのでしょうか?
って思うんですよね
生活保護以下の底辺正社員がいるという現実ワーキングプア!
しかもこの場合だと、ずっと年を取ったとしても
漁師をし続けないといけないというリスクもあります
つまり漁師を引退することが出来ないのです
片や超勝ち組の漁師の方だと
こういった不測な事態が起こり得た場合でも
ずっと長い間ビジネスをしてきたわけですから
そこで蓄えた莫大な資産と
莫大な人とのかかわりがあります
ましてはもうビジネスを売却して
代わりの人が指揮をとっている
完全に自由な立場なんですから
漁自体もする理由もありません
故にいくら異常気象とかで魚が取れなくなったとしても
もう全く関係のないことなのです
そして、この超勝ち組の漁師は
そういった時でも何も問題なく
海岸近くの小さな村に住んで、
日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、
子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって過ごすんです‥‥
なにが言いたいのかというと
要するにリスクヘッジが
勝ち組漁師の方は完璧にしっかりできているのに対し
普通の漁師は全くできていないということなのです
そしてこれはコピぺの世界の話だけではなく
リアルでも全く同じことが言えると思います

結論は同じだとしても、安定度がまるで違う!

漁師の話を私たちの生活に置き換えて考えてみると
セミリタイア後、あるいはリタイア後の生活というのは
こういった生活がほとんどの人の理想である以上
大抵の人はこうやって家族に囲まれた幸せな生活を求めるのだと思います
僕自身もそうなんですが
もうニート経験を十分詰んでいるおかげもあって
自分の理想の生活スタイルがほぼわかっているので
自分が仮に莫大な富を手に入れたと仮定して完全リタイアした身であったとしても
生活自体は今の生活ともはやほとんど変わらないであろうという確信があります
もちろん今の僕はまだまだ金銭的にもリタイアどころかセミリタイアすら出来ないような身ではありますが
仮に莫大な富を手に入れていない今の僕の身であったとしても
すでに理想としている生活環境自体は
正直ほぼ手に入れていると言っても過言でありません

    要するに

    自分自身の最終的なゴール自体は

     

    金を持っていなかったとしても

    すでに見えているってことです

     

    それはぶっちゃけお金がなければ出来ない事でもなんでもなく!

     

    それはこのコピペで語られているように

    海岸近くの小さな村に住んで、
    日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、
    子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、
    夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
    歌をうたって過ごすんだ。

     

    とほとんど同じことなんですよw

     

    そして思ったんですけど

    そういった生活を周りの環境や状況などに一切左右されずに

    安定的に永久に送れるようになるための

    安心感を求めるために

    人は頑張ってお金を稼ぐのではないでしょうか?

    僕は最近このコピペを再び見て

    こういった風に思えてならないんですよね‥‥

     

    時代の流れにより企業よりも個の時代に

    コピペで言われているように

    最終的なゴール自体は全く同じようなものである

    しかしながらそこに至るまでの過程で

    色々なことを経験し莫大な富を蓄えて

    真の意味で安定し、家族と未来永劫笑顔で生活することが出来るようになった超勝ち組の漁師と

    ほどほどに頑張って、とりあえず今と同じような生活が出来ればいいやって

    考えている普通の漁師では

    例え最終的なゴール後の生活でやるようなことは同じようなものだとしても

    その中身自体は全く違うと思うんですよね?

    このコピぺを見る限り

    一見すると働いてお金を稼ぐということ自体が

    全く無駄なことをしているように

    見えるかもしれませんが

    それをしたことにより色々詰みあがっていったものが

    何もしてなかった人に比べてはるかに多い以上

    同じようなゴールに至るにしても

    全くもって中身がまるで違う

    僕はこの中身がまるで違うと言うことそのものが

    私たちがなぜお金を稼ぐのか?

    という意味の本質を表しているように見えてなりません

    ぶっちゃけ言葉ではうまく説明できない、何か考えるな感じろ!って言う感じなんですがw

    人によって色々な解釈があるでしょうが、僕は最近こんな解釈をするようになりました

    このメキシコの漁師の話

    とっくの昔に知っていた話だったのに関わらず

    時間が経って以前の僕がしていた解釈とは

    全く違う解釈になったのが個人的に非常に面白く感じました

    年齢を重ねたり、昔と比べて自分の状況が変わったため

    感じ方そのものが変わったため解釈が変わったからだと思いますが

    非常に興味深い話だと思ったので記事として書きました

    見ていただきありがとうございました!

    1つの考え方として参考にしていただければと思います!

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